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「泥流地帯」
今回の震災で、多くのメディアがこぞって伝えようとしているのが
「普通の暮らしをしてきたはずの人達を襲った悲劇」。

新聞でもテレビでも、健気に振舞う人々を映し、贈られたランドセルを
背負っている子供を追ったり、家族や知人を助けようとして自らが
犠牲になった人と残された家族を映したり。

そうなのだ。数え切れないほど存在したはずののささやかな幸せを、
津波はいともあっさりと奪っていった。

そんな報道を見ていて思い出したのが、作家の故三浦綾子。

高校生の頃、彼女の「泥流地帯」という作品を読んだ。

あらすじは正にそれ。北海道開拓に夢をもって入植した家族の、
貧しく辛く、でも暖かい家庭を描き、そしてその家族を山の噴火と
山津波が襲う。

真面目に一生懸命にそして慎ましく生きてきたはずの、なんの罪も
ない人達から山津波は全てを奪ってしまう。一生懸命耕した畑も無に帰る。

山津波に飲み込まれた家族を助けようと我が身を顧みず泥に飛び込み、
奇跡的に生き延びた兄に、弟が言う。真面目に生きてきたのに(彼らの
祖父が一番苦労して、やっと報われようとした矢先だった)、なんで
こんなことになるのか、神様はいないのか、こんなことなら真面目に
生きるのがバカらしい。というような感じ(手元に本がないのでうろ覚え)?

でも兄はその問いかけにこう答える
「それでも自分は(も?)、生まれかわったとしても、また同じように
くそ真面目に生きると思う」。

・・・・

高校生だった私は大いに腹を立てた。

それまでも三浦綾子の本は何冊も読んできた。最初は中一の時に読んだ
「塩狩峠」。これには衝撃を受けた。本を読んで初めて泣いた。そして
やっぱり怒りを覚えた。三浦綾子は、真面目につつましく生きる人達こ
れでもかこれでもかと試練を与えるような作品ばかり書くのだ。
「海嶺」だってそうだ。初めての和訳聖書を作った音吉だって、結局
生きているうちは日本の土を踏めなかった(これは史実に基づいて描かれた
ものだけど)。

そして泥流地帯で決定的に腹を立てた私は、三浦さんに手紙を書いた。

「あなたの作品には、そしてあなたの心には”勧善懲悪”という言葉は
ないのか?なぜ”めでたしめでたし”という話を書かないのか?
なぜ真面目な人が悲しい結末を迎えるような作品ばかり書くのか?」
というような内容だったと思う。

住所なんてもちろん知らなかったので、ダメ元で出版社に託したら、
ちゃんと本人に届けましたよ、とわざわざ返事のハガキをいただいた。
今後の事も考えてくださったのか、彼女の住所まで教えていただいた
(現在ではありえない対応ですね)。

そしてなんと、ほどなくしてご本人から手紙が届いた。

「もっともっと作品を読んでください。読んでいくうちにいつかきっと
わかる時がきます。」という内容だった。当時、既に病んでいてご主人の
代筆で、文末の署名だけがご本人という手紙。

その後も数回やりとりをした。彼女の作品のひとつに知多半島は小野浦の偉人
「音吉」を題材にしたものがあり、彼女は取材のために何度も知多半島を訪れ
たと言い、お世話になった牧師さんを紹介してくれたりと優しい返事ばかりだった。

でも彼女が生きているうちは結局、彼女の作品の意図を理解はできても納得は
できなかった。

今?今はたぶん、なんとなくわかる。それはやっぱり自分がもう40年以上も
生きてきたからだと思う(あ、今月で42歳だわ自分)。

しかしやはり、真面目に生きていればいつか幸せになれるはず、という人間の
願いや期待は、こうもむなしいものなのかとこうして思い知る。

それでも今は自宅のあったはずの土地に膝をつき、土を握り締めるしかできない
人達に、いつかきっと立ち上がる力が湧いてきますように。

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(非公開コメント受付中)

No title
ふと頭に浮かんだキーワード。

「それでも生きろ」と。
No title
はじめまして。「泥流地帯」で検索していたら、ここへたどり着きました。ブログを読ませていただき、私が考えていたこととほぼ同じようなことを思われていた方がいらっしゃったことに驚き、突然ですが、コメントさせていただきました。私も高校生のころ塩狩峠を筆頭に泥流地帯や、彼女の作品を読みあさりました。今回の震災でふと浮かんだのは泥流地帯でした。自然の中では人間は非常に小さな存在ですが、一日も早く世の中が元気になれば良いな・・と思います。

失礼しました。
プロフィール

Lazy Betty

Author:Lazy Betty
元・移動カフェオーナーの新たな野望を実現させるまでの軌跡(奇跡じゃないよ)のブログです。

愛知県豊田市駅前にてコーヒー屋台(移動カフェ)営業をしておりました。
その3年間に渡る定点観測の経験から、駅周辺に集う人々が何を求め、どんな場所を必要としているかを観察し続けた先にあるものを共有できれば幸いです。

2009年12月~2010年11月まで、豊田市駅近くの「Bar old kenny」にて、昼間カフェ部門として「The third place」を展開しておりました。現在はフリーで、傾聴屋、デリバリーのコーヒーサービスをお請けしております。

家庭ではなく、職場でもない、お客様にとって三番目の居場所を作りたいと思っています。しがらみのない、肩書きも必要ない、そんな緩やかな時間をお過ごしください。

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