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廣中和尚。
最近、NPOについて勉強しています。今日も朝からひたすら読書をしていたのですが、夕方外も暗くなったことに気づいて、カーテンを閉め、ニュースでもとテレビをつけたところ、知ってる人がどアップで映ってて仰天。

その方は岡崎のお寺の住職さんなのですが「やんちゃ和尚」とも呼ばれてるかな。廣中さんとおっしゃって、引きこもりや不登校、親からの虐待や非行に走って親に見離されたような子を常時10人ほど預かって更正するまで面倒みてくれるという方なのです。

以前聞いた時には700人以上お寺から巣立ったんじゃないかなぁ。
彼の主張は至極簡単で「子供の悪行は、例外なく親のせいだ」というもの。

全国で講演もしていて、助けを求める連絡があれば、どこまでも子供を引き取りに出かけます。「夜回り先生」みたいな感じかな。でもたぶん夜回り先生より昔からこういう活動をしていると思いますが。

私はたまたま同じエレベーターに乗り合わせたところからのお付き合いですが(笑)。

その時に、私が屋台をしていた広場で不登校の子供達とよく会話をした、という話をしたところ「あなたひょっとして以前新聞に載ってた人?」という話になり「自分も学生時代にホットドッグ屋がやりたくってねー」という話に花が咲き。

その後も一度お会いしましたが、ここ一年ほどご無沙汰していたのです。
が、昨日NPO関連の本を読みながら「そうだ、廣中和尚なら多くのNPOと繋がりがあるし、一度話を聞いてもらおうかなぁ」と思ったのです。

そしたら今日偶然にもテレビで拝見したので、速攻で「テレビ観てます!お元気そうで」とメールしたところ、電話がかかってきました。

今日は山形にいらっしゃるとのことで、相変わらず講演で全国を飛び回っている元気なご様子に嬉しくなりました。

「そういえば、和尚はなんでNPOにしないんですか?」と尋ねたら「だって宗教法人だもーん」だって・・・そっかぁ。「まぁそれでなくても自分は講演料で子供達を養うことができるから、わざわざNPOにする必要がないんだよね」と言われ、なるほどねと。

またゆっくりお会いしてお話しましょうと約束して電話を切りました。

どこから出るのかと思うほどの大きな声と、いつもあっけらかんとした笑顔が魅力的な和尚さんなのでした。
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得るのではなく手放すのだ。
まだ20代半ばの知人が、四国八十八箇所霊場巡拝から無事帰還しました。
1200キロ、39日間に及ぶ徒歩の旅でした。携帯も置いていきました。

彼いわく「何かを得るつもりで出かけましたが、全てを捨てて帰ってきました」。

捨ててこそ得られるなにか。
いや、捨てなければ得られないなにか。
いやいや、何かを得ようとする気持ちこそ捨てなければ。

これはいきなり深いところを尽いているなと。

人間はなぜ悩むのか。理由は簡単。欲があるから。
しかし人間、当たり前の生活を望み、当たり前の生活が手に入るとそれ以上の贅沢を望みたくなる。
向上心と言ってしまえばそれもありかも、とは思いますが、それでは永遠に心の安寧は得られず。

素晴らしい師匠に恵まれ、数年間それこそ寝る間も惜しんで突き進んできた彼は、「ここに○○あり」
と言われるまでになったのですが、決して単なる運の良さでそれを掴んだのではないということを、
彼の所有する数十冊にも及ぶ膨大なメモやノートを見て私は確信したのです。それは、彼が仕事で
教わったことを書き留めたり、出会った人達から聞いて印象に残った言葉をひたすら書き留めたもの
なのですが。それゆえ私は彼を尊敬すらしてしまうのです。

たぶん彼はだいそれたことを考えてのことじゃなく、せっかくの言葉を残しておきたい一心でしか
なかったのだと思うのですが、それでもあれだけのメモを書き続けることは、それだけで人生、
他人様より一段上に上がれる大切な要素だったのだと思うのです。

一見チャラチャラしてるようで、話していてもチャラチャラしてる彼(笑)ですが、さて経験は彼を
どんな風に変えたのか、確かめるのが楽しみなのです。

ともあれ無事に帰還してホッとしたのでした。

今日のケーキは、ブラウニーとチーズケーキ、ラムレーズンのケーキです。
お好み焼き屋さんに捧げるアップルケーキ
当店の屋台時代からのお客様で、「とんぼり」さんというお好み焼き屋の大将がいらっしゃいます。お店をオープンされる前からちょくちょくお立ち寄りいただいていて、材料にいかにこだわっているかをよく話してくださいました。

数日前のこと。
「最近キャベツが品薄で、あちこち探し回ってるんだ」とため息交じりに彼が言いました。
「正直、肉より高いんだよ。でもだからってキャベツのないお好み焼きなんてありえないしねぇ」
お肉にも相当こだわっているのに、そのお肉よりさらに高いキャベツとは・・・
季節や天候に仕入れが左右されるのは、飲食店の辛いところですね。

さてそんな彼の、当店でのお気に入りのケーキは「アップルケーキ」なのですが。
リンゴを発酵バターでソテーしてパウンドケーキの生地に混ぜ込んで焼くだけのシンプルな物ですが、しっとりしておいしいのです。当店のおすすめの一つです。

が、当然今はリンゴが安く出回る季節ではありません。シーズンに比べるとかなり割高です。
なので最近はリンゴのケーキはご無沙汰しておりました。やはり仕入れ値は大事ですから、値段の動きのあまりない素材を使った、ラムレーズンのケーキやバナナのケーキ、ブラウニーにチーズケーキ、といったケーキばかり作っていたのです。

「そういえば最近、リンゴのケーキがないね。僕、あれが一番好きなんだけど」と大将。
「申し訳ないです。それこそシーズンじゃないので仕入れ値がねぇ」と私。
「ああそうだよね~。」とそこで話は終わったのですが。

帰宅する道すがら、そのことを考えていて、久しぶりにアップルケーキを作ろうと思い立ちました。
いくら高価でも買わざるをえないキャベツに四苦八苦している大将に比べて、「高いからリンゴ買えな~い」って言った自分がちょっと恥ずかしくなったのです。

それに、いつも笑顔でがんばっている大将を喜ばせてあげたいな、という気持ちもありました。
ということでリンゴを買い込みアップルケーキを作ったのでした。

翌日もお立ち寄りいただいた彼に「今日はリンゴのケーキ、ありますよ」と言うと、彼は「ほんとに?嬉しいなぁ」とおいしそうに召し上がってくださいました。

そして、やっぱりお客様の嬉しそうな顔を見たくって、自分ってお店をやっているんだなぁと再認識したのでした。

愛知環状鉄道、新豊田駅の高架下、駐輪場の隣に「とんぼり」はあります。お好み焼き屋らしからぬ赤い扉に赤い枠の丸窓。そして落ち着いた雰囲気の店内のカウンター席のチェアーは、肘掛付きのゆったりとしたもので、ジャズを聴きながら、フランス産梅酒の「プルシア」(←これは絶対おすすめ)を呑みながら、お好み焼きを味わえる、なぜかヨーロッパ系の外国人のお客様が不思議と多いお店なのでした。
答えを探し続ける
普段の生活の中で、疑問に思ったり「なんで○○なんだろう?」って思ったりすることってありますよね。
で、すっかり忘れた頃に、ふいに答えが頭に浮かんだりするって経験、ありませんか?
たとえば、友達との会話中に、昔のアイドルの名前をどうしても思い出せなかったとします。
喉元まで出掛かってるのに、顔も充分思い出してるのに、どうしても名前だけが思い出せない。
で最後までわからずじまいで、会話が終わってしまうこと。

で、数日後に、運転中とかに不意にそのアイドルの名前が頭に浮かぶんです。
「あーそうそう!なんであの時思い出せなかったかなー」みたいな。

自分が考えた質問の答えを、自分が忘れているようでも脳は勝手に探し始めるのだそうです。

「自分に疑問を与えておくと、答えが不意に浮かぶ」っていうのは、誰の文献だったか忘れたのですが、こんな感じ。
「もし貴方に悩みがあったとします。その時に”どうして○○なんだろう?どうしてできないんだろう?”と考えると、そのあと自分が忘れたようでも、脳は自分が与えた問題の答えを延々と探し続けるのだそうです。過去の脳内の記憶や経験から現在の状況など、ありとあらゆるところから、脳は答えを引き出そうとするらしいのです。で、上のような質問を投げかけると、脳は“だめな理由、できない理由”を探し続けるわけです。それは実に不毛なこと。じゃこの場合どうしたらよいか?実に簡単。“どうしてできないんだろう?”ではなく常に“どうしたらできるようになるんだろう”という思考に変換するわけね。そうすれば脳は、それができるようになる方法を探し始めるわけです。コンピュータで検索をかけて、一生懸命探し続けるように。である日突然「見つかりましたー!」と脳が叫ぶわけです。

できない理由、ダメな理由を探すのはやめて、常に「どうしたらできるんだろう?」と発展的な疑問を、常に自分に与えるようにしましょう~。

介護社会
我が家が購読している某新聞で、少し前まで認知症とそれを取り巻く社会の問題についての特集が連載されていました。認知症の母親を一人で介護し続けた挙句の尊属殺人の事件を追いながら問題を探るものでした。

連載はとても興味深く、毎回何度も読み返しました。それは知人の環境と状況が酷似していたのです。

数年前のことですが、彼は私がコーヒー屋台をしていた時のお客様でした。当時40代後半。
平日の昼間に気楽な服装でブラリとお立ち寄りくださるため、普通の会社員とは思えませんでしたが、その通り、自宅でwebデザインの仕事をしているとのことでした。

毎週2,3回お越しいただいているうちに、彼は少しずつご自身の身の回りのことを話してくださるようになったのですが、それが「認知症の母親と二人暮らし」だったのです。
その二年ほど前に父親を亡くしてから急に症状の進んだ母親の話を「ヤカンは笛吹きケトルにしても何度も使えなくなり、鍋も何度真っ黒にしたかわからない」と言い、彼には二人の妹さんがいらっしゃいましたがどちらも嫁いでいたので、独身だった彼が成り行きで介護することになったのは自然なことだったと思います。

彼が当店の前でベンチに座ってコーヒーを飲んでいると携帯がなることが何度かありました。薬で眠っている合間に当店でコーヒーを飲んだり用事を済ませたりしているとのことでしたが、起きてしまうこともあるのでしょう。私に聞こえないように少し離れた場所で、電話口で母親に電子レンジの使い方を教えていて、「だから、その赤いボタンを押すんだよ。昨日はできたじゃない!」と声を荒げているのが聞こえてしまったこともあり、認知症というのは本当に、昨日できていたことが今日できなくなるんだ、と改めて知ったのでした。

「もし起きた時のために、お皿にラップしてテーブルに置いてきたんだ。レンジで温めるようにメモを書いて。ふざけているのかと思うくらいだよ」と言われていたのが印象的でした。

そんな彼自身も、いろんな持病を持っていて、常に薬を手放せない生活でした。

彼が当店にお越しくださるようになって半年ほどたった頃、彼は体の不調のため検査したところリンパ腫が発見されました。リンパ腫とはいっても良性と悪性とあるそうで、精密検査を一週間後にしないといけないと彼は言いました。

「検査で一日家を空けるのも大変なのに、リンパ腫なんてやっかいな病気でもし長い入院になったら、母の面倒と飼っている猫達の面倒を、一体どうすればいいんだろう」と彼は言いました。車で30分ほどの場所に叔父夫婦が住んでみえるとのことでしたが、頼るのも申し訳ないし、と言っていました。

口には出しませんでしたが、きっとお母様の面倒だけでなく、入院中の自分の世話を頼める人もいなかったのを気に病んでいるようでした。

私は、自分の経験のなさからうまく答えて上げられずに歯がゆい思いをしたのですが、その翌日、彼は自殺しました。
知れば知るほど穏やかで優しい方でしたので、ずっと抱え込んでいたのでしょう。それに様々な病気を抱えていて、もう疲れてしまったのだと思います。

私は今でも、あの時の彼に、もっとしてあげられることがあったのではないかと自問自答します。

私の無知と不勉強が、彼を死に追いやったのではないかと自分を責めました。一ヶ月で体重も5,6キロ落ちました。
コーヒー屋台の車を運転して仕事場に向かう途中で、胸がくるしくなり涙が止まらなくなり、しばらく休業せざるを得ませんでした。

彼がそれなりの機関に相談するように勧めたり、なにかできることがあったのではないか、もし私がもっともっと認知症や、それを取り巻く社会のことを知っていたら、お身内に実情を伝えていたら、などと、考えは尽きません。

彼が亡くなった後に何度か彼の上の妹さんと話す機会がありました。お母様は結局、上の妹さんが引き取られたのですが、「まさかこんなに母の状態が悪くなっているなんて夢にも思わなかった。電話してもいつも“大丈夫大丈夫、そんなに大したことないから”としか兄は言わなくて、それを真に受けてこまめに様子を見に行かなかったことが悔やまれる。母親なのに、全く目が放せなくて、一日中気が抜けない。こんなに大変なことを兄にまかせっきりにしていて申し訳なかった」とおっしゃっていました。彼女も、それまでのフルタイムの仕事をやめて自宅でお母様を介護しているとのことでした(現在の状況は全くわかりませんが)。

いろんな人がお店に来ます。
その人が抱えているものを話したい時にちゃんと聞いてあげることができ、話したくないけれどたまには外に出て息抜きしたい人をそっとしておいてあげられるような、間口の広いバリアフリーのお店を作るべく、物件探しをしています。

傍からみたら全く問題ないようでも、気持ちを病んでいる人も意外と多いので、しかるべきときに、しかるべき機関を紹介してあげられるように知識も蓄えるべく日々勉強しております。

前出の彼は、赤の他人でしかない「コーヒー屋の人」だからこそ、気楽に御自身の身の上を話してくださっていたようで、生活の大変さを仕事上の付き合いのあった方や妹さんたちには決して話していなかった。深い悩みこそ、近い人には言えないということは心理なのだと思います。

私はそんな人達にとって、いかに「誠実な通りすがり」になれるのか、まだまだこれという方法は見つけられないのですが、それでも公的な機関には気後れする人達と機関との橋渡しになれればと思っています。

彼の場合は自殺だったため、事件としては扱われませんでしたが、間違いなく介護社会の問題の一面であると思うのです。
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プロフィール

Lazy Betty

Author:Lazy Betty
元・移動カフェオーナーの新たな野望を実現させるまでの軌跡(奇跡じゃないよ)のブログです。

愛知県豊田市駅前にてコーヒー屋台(移動カフェ)営業をしておりました。
その3年間に渡る定点観測の経験から、駅周辺に集う人々が何を求め、どんな場所を必要としているかを観察し続けた先にあるものを共有できれば幸いです。

2009年12月~2010年11月まで、豊田市駅近くの「Bar old kenny」にて、昼間カフェ部門として「The third place」を展開しておりました。現在はフリーで、傾聴屋、デリバリーのコーヒーサービスをお請けしております。

家庭ではなく、職場でもない、お客様にとって三番目の居場所を作りたいと思っています。しがらみのない、肩書きも必要ない、そんな緩やかな時間をお過ごしください。

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